公立学校ではない選択~沖縄シュタイナー学園入学説明会に行ってきました

子育て

2023年4月から、長男が小学生になります。

子どもの教育にはお金をかけなくてもいいかなと考えるようになって2年ぐらいになりますが、
公立学校以外の選択肢も知っておきたくて、沖縄シュタイナー学園(以下、シュタイナー学園)の入学説明会に参加してきました。

公立学校は自宅から歩いて5分のところにあります。
一方で、シュタイナー学園は車で片道45分かかります。学費もかかります。

なぜ、歩いてすぐに通えて、しかもタダの公立学校ではなくて、他の学校も選択肢の一つに入れているかと言いますと、小学校で担任をしていた経験と、出産・子育てを機に変わった私の価値観が影響しています。

この記事を書いているまさに今、迷っているところなので、アウトプットしながら自分自身の思考を整理し、意思を明確にしていこうと思います。

小学校で担任をしていた時に感じていたこと

まずは小学校で担任をしていた時に感じていたことから。

長男が生まれる前と、長男を子育てしながらの約3年半、学級担任を経験しました。

当時のわたしは、子どもたちから出てきた疑問や考えを繋いで、子どもたち自身が考え合ったり、調べたりしながら答えを見つけていくような授業がしたいと思っていました。

そんな理想はありましたが、現実的には授業時数ギリギリのカリキュラムが定められているので、決められたカリキュラムを決められた時間内で、しかも子どもたちがしっかりと理解できるようにするには、毎時間、その授業の要点を押さえたうえでコンパクトにまとめないといけません。

ときには、子どもたちの疑問をとことん追求する授業をしてみたりもしました。
ですが、時数が厳しくなってくると、こちらから答えを与える授業になったり、教科書をこなすだけの授業にならざるを得ませんでした。
わたしの力量の問題もありますが、、(笑)

また、沖縄の場合、全国一律の検定教科書に書かれている内容には、生活の中で身近に感じることができないものが多々あります。
小学校の場合は、地域や学校の特色を生かした授業をしやすいですが、それでも高学年になると、本土の地理や歴史を学びます。
もっと身近な教材だったら、子どもたちももっと興味をもって楽しく学べるのに、、、と感じていました。

もう一つは、個性豊かな30人近くの子どもたちを一斉指導することに限界を感じていました。
私が出会ってきた多くの先生方は、子どもたち一人ひとりに寄り添って、個を大切にしながら、子どもたちがより良く成長していけるように熱心に関わっています。

ですが、カツカツに組まれた授業や行事をこなしていくには、クラスの子どもたちが一斉にスムーズに行動するようにコントロールしなければなりません。
力のあるベテラン先生は、子どもたちが主体的に行動しつつまとまりのある学級を作っていますが、私の場合は、もう注意しまくり、叱りまくりで、子どもたちも全然楽しそうではありませんでした。

私の懺悔になっていますm(__)m(笑)

一斉指導では、たとえ子どもたちが主体的に行動しているとはいっても、周りに合わせる、みんな一緒が良いという価値観が潜在的に身についてしまうのではないでしょうか。

自分の意思を押さえて周りに合わせるのではなく、自分の軸をしっかりと持ちながら他者と調和していくことが、これからの時代には特に求められるのではないかと感じています。

最後に、私が今一番大切にしたいと思っている食についてです。
そう、給食です。

毎日当たり前のように、いただけることにとても感謝していましたが、
正直なところを言いますと、学校給食の質が、私が教員を続けることや、子どもたちが公立学校に通うのをためらう大きな理由の一つです。

食べたもので私たちの体はつくられます。
学校給食こそ、子どもたちの体に良いものを提供した方が良いです。

理想は、地元でとれた無農薬・無化学肥料のお野菜と伝統製法調味料を使った、
ミネラルたっぷりの伝統和食です。

しかし、現状はと言いますと(私の住む自治体の場合)、

毎日の牛乳に、
週に数回の外国産小麦で作られたパン、
お野菜は80%が輸入作物、
調味料は、、(こちらはわかりません。沖縄の自然塩を使っているといいな~)

子どもたちにいろいろなメニューや食材を食べてもらうには、
県産ではまかなえないという理由で、安定供給できる輸入作物を仕入れているそうです。

地域でとれない食材を使った西洋の食事は、残念ながら日本(沖縄)の子どもたちの体には合いません

まとめますと、
小学校で担任をしていた時には、

「教科書をこなすだけの授業」
「生活の中で身近に感じられない学習内容」
「一斉指導にならざるを得ないカツカツのカリキュラム」
「みんな同じが良いという価値観」

子どもたちの体に合わない学校給食

に違和感を感じ、改善したいと思っていました。

3兄弟を出産、子育てしていて感じていること

3兄弟の出産・子育てを経て、私の価値観は独身時代と比べてとても大きく変わりました。

長男を出産してあることを知るまでは、学校の先生(教科書)や両親から教えてもらったことや、テレビで報道されていることが、「正解」であり、それを正しいと信じて疑うことはありませんでした。

そのあることとは、赤ちゃんが生後2か月から打ち続けるワクチンです。

ここでは詳しくは書きませんが、

親の子を思う氣持ちを利用して大金を稼ぐ医療産業が許せませんでした。

1冊の本を読んで、ワクチンを取り巻く日本の現状を知ったあと、
次から次へと経済優先の日本社会の姿が見えてきて、今まで見ていた(信じていた)世界がガラガラガラと崩れていきました。

(今はもう社会に対する憤りはおさまっていますよ笑)

それから、何かあったときに自分の力で生きていけるようにと、自給自足の自立的暮らしを目指し始めました。
自分で食料を作ったり、住まいやエネルギーを作ったり。

なので、

自分で生み出して生きていく力(衣食住、志事をつくりだす力)
自分の感覚を研ぎ澄まし本質を見極める力(他者からの情報ではなく自分の経験や自然を観察して得られる情報)が、

人が生きていくのにとても重要な力だと思っています。
ですが、今の学校教育ではこういった力は育てることが難しい環境にあります。

まとめますと、

子どもたちが、五感を使った体験を通して、
自分で生み出して生きていく力(衣食住、志事をつくりだす力)を育める、
自分の感覚を研ぎ澄まし本質を見極める力を育める、
体に合った食事が食べられる

環境のある学校が私の理想の学校です。

シュタイナー教育とは

次男(2歳)のにじみ絵

と、ここで気になるのが、シュタイナー教育ってどんな教育なの??

というところです。

基本的な考え方

沖縄シュタイナー学園入学説明会資料より抜粋しますと、

「すべての教育は自己教育である」とルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner 1861-1925)は20世紀の初頭に述べています。どの年齢の子も、より良く生きたいという望みを、人間の本質として、深いところで持っています。
 教育とは決して単なる知識の伝達や能力の開発を指すのではありません。シュタイナー教育では、人間の本質を理解し、成長していく子どもの一人ひとりと真摯に向き合い、子どもの成長の必要な時期に子どもが必要とするものを与え、個人として成長していくことを重視しています。

沖縄シュタイナー学園入学説明会資料、2022年9月19日。

実は私自身、このシュタイナー教育についてよくわかっていません。

無添加給食と自然遊び、肯定的な言葉かけという保育方針に共感して、
長男と次男の保育園を選んだのですが、
そこでシュタイナー教育を取り入れていることを知り、興味を持ち始めました。

調べてみようと思いつつ3年経ってしまいました。。

先日、実家にあったシュタイナー教育についての本を1冊読んで、う~んと何度もうなずきながら、
深く共感しました。

シュタイナー教育は一言では語りつくせない哲学的思想が教育活動の背後にあるので、部分的に切り取って、こうして書いてよいかどうか迷いましたが、共感した内容をまとめてみようと思います。

無意識の領域に働きかける教育

一つ目は、知識を残すための教育ではなく無意識の領域に働きかける教育ということです。

例えば、算数の時間に友達が3人立っているという具体的状況、これをすぐに「1、2、3と書きます」と抽象記号を教えるのではなく、なるべく長い道をとおってたどり着くようにする。その間に、子どもの無意識が耕されるのだそうです。シュタイナー教育の1年生の算数では、指が一本→Ⅰ、指が2本→Ⅱ、指が3本→Ⅲというようにローマ数字から初めて、1,2,3にたどり着くそうです。そして、一定期間の授業が終わったら、算数は全くせずにやったことを忘れさせる。そうして無意識に沈ませることで、「具体から抽象へいく」という方向が無意識の中で生命活動と結びついて抽象化したいという欲求になっていくそうです。

このことから、人類が獲得してきた知恵や技術を、大人が外から知識として与えるのではなく、子どもたちの無意識の中でゆっくりと育みながら、内側から「知りたい」「こうしたら良いのではないか」といった意欲が湧き出てくるような教育だと感じました。

学習内容は無限にある可能性の中の偶然の一例に過ぎない

二つ目は、学習内容が無限にある可能性の中の偶然の一例に過ぎないのだという気持ちを育てるということです。
ここでも算数を例に説明されていました。
日本では、5+3=8を学習する時には、5+3を先生や教科書から与えられます。
答えは「8」の一つです。

ですが、8=と先生から与えられるとどうでしょうか。

8=2+6, 8=4+4, 8=2+3+3,,,
無限の可能性があることに気づきます。

なるほど、その通りだと思いました。
国語や社会では、そのような気持ちを育てることは可能だと思っていましたが、算数でも無限の可能性があることを伝えることができるのかと、、、
教育課程や組織自体の根本にある価値観の違いで、こんなにも潜在的に子どもたちに伝わることがが変わってくるのかと目から鱗がポロリです。

先生が「こうだよ」と言わなくても、学校教育や現代社会の風潮としてある、「知識量や点数重視」「教科書や大人のいうことが正解」「周りに合わせる」といった考えが潜在的に私たちの中に蓄積されてきたのだと納得しました。

根源から出発する

三つめは、根源(大もと)から出発するということです。

くずもちを作るのに、植物の葛からくず粉を取るとことから始める、掃除機ではなくホウキとちり取りで掃除をする、授業で使うエプロンを手づくりする、

これは昔ながらの暮らし、自給自足の暮らしじゃないか!と思いました。
自然の恵みをいただいて生活に必要なものをつくり出す(根源から出発する)ことは、まさに人の生命力を育てることなのだろうと共感しました。

意・情・知の順番で「知情意」をバランスよく育てる

四つ目は、意・情・知の順番で「知情意」をバランスよく育てるということです。

本の中で例として挙げられていた、
「工業国家における自然環境汚染が近年大きな問題となっていて、今後は環境保護が重要な課題である。」という文章。

この文章を間違えずに読んだり書いたりすることができれば、「知」は育っています。

ひとつひとつの言葉から、例えば、「環境汚染か。食べ物すべてに農薬がばらまかれ、添加物や着色料が注入されるのは恐ろしいことだな、子どもにとって毒なんだ」と、感情をともなって自分の中に入ってくるならば、「情」も育っています。

そして、「無添加のものを食べる」「ゴミを分類してコンポストにしたり自然循環させる」などの行動をしていれば、「意」も育っているということになるそうです。

私自身を見つめてみると、「情」と「意」があまり育っていません。
ここ2、3年で自給自足の暮らしを目指して行動し始めてからは、「知情意」のバランスが整ってきたと感じていますが、
現代の学校教育では、「知」は立派に育てるけれど、「情」と「意」を育む活動は十分でないと思います。

以上の4つが、私の生き方や価値観、子どもたちに伝えたいことと重なり共感した内容です。

〈参考〉子安美和子『私とシュタイナー教育 いま「学校」がうしなったもの』朝日新聞社、1993年。

少し本を読んだだけなので、誤解している部分があるかもしれませんが、

無意識界を耕すということ、学校で教わることが無限にある可能性の中の偶然の一例に過ぎないという感覚、ものの根源を感じる経験ができるということ、「知情意」のバランス、特に「情」と「意」の部分を育むことができるということ。

こんな環境で子どもたちが過ごすことができたら、これからの時代をより幸せに、たくましく生きていけるだろうと思っています。

沖縄シュタイナー学園の学びの特色

長男(5歳)のにじみ絵

入学説明会では、「シュタイナー教育とは何か」のお話の初めに、
歌に合わせて身体を動かすということをしました。

音楽に合わせて身体を動かすことで、子どもたちの心と体が整うのだそうです。
また、朝、一人ひとりと握手をして、その日の子どもたちの様子や調子を見とることから一日が始まるそうです。

毎朝100~110分の基本科目(エポック授業)では、3週間前後一つの教科をじっくり学びます。同じ科目のまとまった学びを学んだあとは、別の科目に入り、同じ科目が次に回ってくるのは3ヵ月~1年先だそうです。
学んだことをいったん忘れることによって、上記で書いたように無意識界を耕し、新しい段階の記憶となって意識下に蓄積されていくのだそうです。

沖縄シュタイナー学園では、郷土の豊かな自然と文化(精神性)を教育の中に取り入れることで、一般的な教材を扱うより深く子どもの心・魂・体に働きかけるような教育に取り組まれています。

具体的には、
海、森、畑では、沖縄ならではの動植物とふれあい、自然がおりなす色彩や造形を通して感覚・感性を磨く。
琉球語を始め衣食住、芸能、歴史の学習教材を通して、先人の思いや精神性に浸る
という活動が紹介されていました。

子どもたちの生活に身近な教材である沖縄の自然、文化、歴史環境に触れることで、頭だけでなく心や魂、体に働きかける。

人は自然と繋がって生きていること。
自然の中で活動することによって得られる感覚を大切にすること。

現代人の多くが忘れてしまっているけれど、人が生きていく上でとても大切なこと(大切にしたいこと)を心と魂と身体で感じ取り、それが無意識界の価値観として根付いていくのだろうと感じています。

公立学校とシュタイナー学園どちらを選ぶか

次男作、園庭の葉っぱスタンプ

教育理念はシュタイナー学園の方がより私の理想に近いことがわかりました。

ここで気になるのが学費です。

学費はといいますと、今の長男の保育料と同じくらいかかります。
最近は、教育にはお金をかけないという考えになっていただけに、学費がかかるということで入学をためらっています、、、

ですが、ここまで書いてきて、

シュタイナー学園での学びが、私が教員時代にやってみたかった学びと、子育てを通して生まれた価値観のどちらも体現していることがわかり、保護者として一緒に学校を作っていきたいという氣持ちも芽生えてきています。

私一人では作ることができない学びの環境づくりへの時間と労力代として、感謝して学費をお支払いしようという氣持ちになってきました^^

あとは、片道45分かかる場所が課題です。

家から歩いて行ける場所が理想!
なので、畑付きの古民家を学校の近くに見つけて、自給自足の暮らしをしながら登園する!
というわたしの夢もかなう場所を探してみようと思います。

「手づくりのオフグリッドハウスで料理教室」

という夢は、いったんザザザーーーっとさら地にしまして、
今の流れでのベストを掴んでいきたいと思います。

長くなりましたが、沖縄シュタイナー学園に行く方向で動きそうです^^

※シュタイナー教育について、上記の内容で全体を網羅しているわけではなく、また、その教育体系(それがあるのかどうかも把握していません。)において、どれぐらいの部分にあたるのかもわかっていません。1冊の本と説明会を通して受け取った文字や言葉の中から、私自身の価値観と共鳴した内容を書いています。

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